組織・規約

島尻郡体育協会の沿革

     島尻郡体育協会の沿革


 大正13年4月  民間のスポーツ愛好者により沖縄県体育協会が結成される。

 昭和5年11月  文部省や行政指導により沖縄県体育協会が設立され、それを契機として他地区とともに島尻郡各町村では
青年団を中心に体育行事が計画され、陸上競技を主に開催されるようになったが、昭和10年代に入り、社会情勢が極度に悪化して、
昭和20年の頃、沖縄の地上戦によりすべての体育施設や用具等が失われた。


 昭和21年4月14日 石川村城前初等学校で、戦後の沖縄県体育協会が結成されるようになり、スポーツが先に復興の途に着いた。
それに合わせて各地区体育協会が結成され、本郡体育協会の前身である糸満地区体育協会と知念地区体育協会も昭和22年にいち早く結成し、
沖縄県体育協会の支部として、地区内の体育の普及発展に尽力するとともに早急、第1回陸上競技大会と球技大会を開催、県大会へ
選手派遣するようになった。その後、情勢の変化や体育協会の組織の改革により、複数の地区体育協会が合併するようになり、
糸満、知念地区体育協会も関係役員及び有志のご協力によって両地区の発展的解散となった。


 昭和40年5月23日 那覇市与儀1-1-26の南部会館において島尻郡体育協会が発足した。

 昭和47年    沖縄の日本復帰を境に、沖縄県体育協会組織改革の方針により、市、郡体協に分離参加方式の決定になる。

 昭和48年4月 沖縄県体育協会組織改革の方針により、糸満市が独立した。

 平成5年4月   渡名喜村退会し現在15町村が加盟

 平成14年4月 豊見城村体育協会は、平成14年4月1日の豊見城市制施行に伴い島尻郡体育協会を退会し、豊見城市体育協会として
独立する。同じく具志川村、仲里村
体育協会は、両村合併により久米島町体育協会として新たに発足し、現在13町村が加盟となる。

 平成18年4月 国及び県の指導による町村合併に伴い、平成18年1月に東風平町具志頭村体育協会が合併し
新たに八重瀬町体育協会が誕生し、玉城村知念村佐敷町
大里村体育協会が合併し、新たに南城市体育協会が誕生したが、
市施行に伴い
島尻郡体育協会を退会し独立する。現在の加盟町村は8町村となる。